それは、風が強いながらも青天の朝だった。
秋村 好哉は、高校を卒業し、そのまま就職した。
3月中旬の初春はまだまだ肌寒く、冬の匂いが残っているようだった。
そのときは、分かっていなかった。
自分が何をするのか?
大通りから路地に入った住宅地の一角に実家がある。
築30年を超える古びた家。波板トタンで覆われている。
住宅地の路地にはまだまだ雪が残っていた。
車に乗り込みエンジンをかける。
社内で吐く息が白い。
両手をもみ込み、息をかける。
真新しいワイシャツとスーツが初々しくバックミラーに写っている。
ハンドルを握り、深呼吸する。
所々に残る雪を踏み越えながら路地を抜け、大通りが見えた。
大通りに残雪は無く、乾いた道路を飛ばしている車両が通過して行く。
タイミングを計り大通りに合流し、流れに乗って車を走らせる。
しばらくすると少し汗ばんでいるが、青天のおかげもあり、気分が乗ってきた。
何度か練習した道だ。
入社式の案内も暗記している。きっと大丈夫!
入社案内に書いてあった駐車場に車を停め、会社まで歩く。
少し先には、新入社員だろうか?自分と同じ雰囲気の男の人が歩いて行く。
年齢は上に見えるが、雰囲気がフレッシュなのだ。
「大卒の同期かな」そんなことを思いながら歩く会社までの道のり。
好哉が採用された会社は、地元で大手と言われる食品関連の商社である。
自社ビルに大型倉庫、配送用トラックも自前で保有している。
人口30万人に満たない地方都市に本社を置きながら、大手に負けない機動力を持った会社であった。
5分ほど歩くと、会社の玄関が見えてきた。
ホリカワ株式会社
好哉が就職した会社だ。
会社の玄関をくぐり、受付の女性に入社式の会場を尋ねる。
少し、しどろもどろになった。
白い肌に桜の花びらのような唇。絶妙な位置にあるホクロ。
そのホクロが彼女の可愛らしさを際立たせている。
健康的に躍動感があるホホの色合いも絶妙である。
肩に掛かるか掛からないかぐらいのブラウンがかったその髪からの心地よい香り。
動きが止まってしまいそうになる。
確かにその時の彼女は、後に好哉が社会人生活を送る中で振り返ってみても、
抜群にキレイな女性だった。
男子が9割以上を占めていた高校に通っていた好哉にとって、そのときの受付の女性は、今まで見たことないような華やかさがあった。
優しく微笑む受付の女性に動揺が止まらない。
そんな好哉にお構いなく、案内係がやってきた。
総務のおばちゃんである。
いかにも総務に長く在籍してそうなその雰囲気が心地よく少し気が緩んだ。
どうも好哉は、キレイな女性より、親近感のある女性の方が接しやすいようである。
好哉は、先ほど前を歩いていた年上の同期と思しき男と一緒に係の社員(総務のおばちゃん)に案内され、それほど大きくない会議室に通された。
20人ぐらいが机を並べて打合せできるような会議室だ。
同期が並んでいる。
みんな緊張しているようだ。
太ももの上で握る拳が緊張感を現していた。
8:20始業のベルが響く。
総務の人っぽい風貌の社員(おじさん)の司会により入社式が始まった。
ひとしきりのお決まりで退屈な形式で進んでいく。
総務部長の挨拶があり、社長の挨拶。
会社の方針だとか理念だとか。
全然頭に残らない。
こっちは、緊張してるのだ。
長い話、初めての話など、記憶には残らない。
後ほど、「そんな話あったっけ?良く覚えてるね~」と
酒の席でちょっとした話題になる程度である。
それほどの盛り上がりもなく進行し、
そして最後に、配属が言い渡される。
「秋村 好哉 配送部への配属を命ずる」
ほんの一言。
そこから好哉の社会人としての人生がスタートした。
次は
新卒社会人好哉!初めての配属先で思う、やっていけるかな?
